解説記事:実現への提案 防衛省の宇宙巡回船構想

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〇 実現可能か

 防衛省が宇宙巡回船なるものを計画しているらしい。何でも、この宇宙巡回船は、宇宙を自由に行き来して、衛星を観測したり、他の衛星に補給や整備を行うらしい。防衛省の、この宇宙巡回船計画は大変野心的な計画である。
 そもそも私などは、この計画に実現性があるのかと思ってしまうほどである。防衛省幹部も「実現できるか分からない野心的な取り組みだ」と言っているそうだ。

防衛省、「宇宙巡回船」の建造検討 警戒・監視、衛星修理も 2021年10月10日08時01分
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021100900384&g=pol

 実のところ、衛星や宇宙探査機などにとって現在の軌道を他の軌道に変えることは、理論的に難しい問題である。
 しかし、それは衛星の寿命を縮めたり、目的の軌道への変更に時間が掛ったりなど、経済性とか任務遂行能力で実用になりにくいのである。勿論、1回ぐらいだったら、やって出来ないことはない。よくやるのが打ち上げ時に、目的軌道への投入を行う為に実施することがある。というのは発射地点によって、取り得る軌道傾斜角に制約があるからである。そのためのスラスターを衛星自体に搭載していて、軌道を変えるのだが、そのスラスターの燃料は1回分だ。それぐらいの燃料を使ってしまうことになる。衛星の容積のかなりの部分をそのスラスターが占めてしまうので、最近は衛星に軌道変更させるのではなく、なるべく打ち上げロケットの側で行うようにしている。
 この場合は、変更する角度は数度程度だ。しかし、もっと大きな角度となると、場合によっては別の衛星を打ち上げた方が安上がりになりかねないのだ。

 衛星などが軌道要素の諸元を変更する方法には幾つかある。人工衛星は、そもそも地球の重力に、自身が地球を回ることによる遠心力と釣り合わせるため、秒速7.9㎞と言った脱出速度を出すことで成り立っている。衛星を別の軌道に投入すると言うことは、その釣り合わせるための速度を新たに得なければならないと言うことなのである。
 したがって、今日の技術レベルは現在の軌道諸元を少しずつ変えることぐらいしか実現していない。
 ともかくも求められる変更角度に関わらず、いずれにせよ大きな加速が必要となる。そのために燃料を使いきってしまうのが普通なのだ。

 一般的に、衛星などの宇宙機はロケットスラスターで加速するのであるけども、このロケットスラスターは燃料をガス化して噴射することの反作用として加速しているのである。(僅かにノズル部分の圧力推力も存在する。)
 しかしながら、衛星等に搭載している燃料(酸化剤を含む。)の質量以上のものを噴射することはできないから、作動時間の限界が存在する。なお、推力を1ニュートンに維持した場合の最大作動時間のことを比推力と呼ぶ。
 このロケットを作動させている間に、噴射して捨てる燃料の質量の、衛星等全体の内に占める割合が大きいほど加速出来るわけだ。この時、どれだけ推力を出すかは関係がない。なぜなら推力を2倍にすると、半分の時間で燃料を使い果たしてしまい、加速時間も半分になるからである。なお、これは得られる速度であって、進む距離は更に4分の1になってしまう。

 燃料の占める割合をいくら増やしても、燃料を使い果たした衛星などが、ガス欠で残るから、最終的な重量は0にはならない。ということは衛星などが軽い方が加速が効くとも言える。
 ここで気を付けるべきことは、搭載している燃料に対しても加速していることだ。だから沢山燃料を搭載しても、その分重くなるから加速が悪くなる。燃料を積んだ分がそのまま、余計に加速出来る訳ではないのだ。
 人工衛星を打ち上げるとき、人工衛星そのものは打上ロケットの先端部分だけで、あと殆ど全て後ろの中身は燃料や酸化剤である。衛星などが地球の周回軌道に投入されるため、脱出速度を得るためにはそれに足るだけの大量の燃料を消費しなければならないのである。

 余談だが、昔、アニメや実写ドラマで、ロケットで様々なものが飛ぶシーンがあった。例えば鉄腕アトムという作品がある。あれだけ長い時間ロケットを作動させるのに、何処に燃料等が入っているのか不思議に思ったものだ。もし燃料が一般的なものなら、あれだけの推力を発揮するのだから1秒も作動しないだろう。動力は原子力かもしれないが、推進するための推進剤のことだから、エネルギー源には関係ない。
 もし、衛星の軌道を、例えば昇交点赤経と言うが、これを90度捻るとすれば、一つの衛星を下ろして、90度捻れた軌道に別の衛星を打ち上げるのと同じことだ。しかも、あとに使う分の燃料も加速するから、足し算ではなく掛け算となる。大雑把に言って、2×2で4倍だ。
 最初に軌道上に打ち上げるだけで、ロケットの先っぽ以外、燃料と酸化剤なのだから、それの4倍と言うことになる。

 もし宇宙巡回船をロケットスラスターだけで実現しようとすれば、殆どが燃料タンクになってしまうだろう。
 宇宙で軌道諸元を変えるためには、運動量の交換が必要なのである。ロケットスラスターであれば、噴射した燃料から運動量を得ていることになる。
 もしこの時、燃料のガスの噴出速度が速いほど、少ない燃料で済む。

 その一例が、小惑星探査機の「はやぶさ」だ。燃料と酸化剤を反応させる化学ロケットでは、ガスの噴出速度に限界があるので、軽いキセノンのイオンを電気で加速するわけである。キセノンそのものはエネルギー源ではないから正確には燃料とは呼ばず推進剤と呼ぶ。エネルギー源としての本来の燃料は電源だ。
 このロケットをイオンロケットと言うのだが、このようなロケットは、皆推力が小さい。それは噴出するガス(正確にはイオン)が軽いからなのだ。だから噴出速度が速いのである。もしイオンロケットで軌道を変更するなら、何ヵ月、あるいは何年も掛ってしまう。
 地球の自転による摂動を利用することもできるが、それでは地球の自転方向に加速が限定されてしまう。実は全ての衛星がこの力を受けている。それを止めるために燃料を消費しているのでもある。この摂動の場合は、反動としてではなく、地球の重力なのだが、ちゃんと運動量の交換をしている。つまり、その分だけ地球の自転が遅くなっている筈だ。それは観測できない程小さい。

 光や太陽風を受ける帆走もある。これも光や太陽風の粒子から運動量を得るわけであるが、微弱な力しかない。これも軌道変更には時間が掛ってしまう。
 これまで上げたとおり、軌道を思うように変えることなど容易いことではないのだ。つまり既存の技術では、宇宙巡回船を作ることはほぼ不可能といっても、大きくは外れていない。
 ただし理論的には不可能ではない。一つの方法は、高度を下げ大気圏内で風圧で方向を変えて再び高度を上げる方法だ。しかしこの方法も燃料をかなり消費するし、衛星を風圧に耐える構造にする必要がある。そもそも衛星としては極めて低い軌道でしか成立しない。

 もう一つ方法がある。スイングバイだ。まあ先に言った摂動利用もその類いなのだが、スイングバイは実際に宇宙探査機に使われているものだ。
 スイングバイとは、他の天体と運動量の交換をするのである。(地球でやりすぎると1年の長さが変るかも知れない。)
 しかし地球の周回軌道上には月ぐらいしか天体はない。流石に月の軌道では高過ぎる。他には稀と言う程でもないが、しばしば小惑星が双曲線軌道で入ってくるぐらいで、小惑星は引力が小さく使い物にならない。

 ちなみに「はやぶさ」が、小惑星の回りをチョロチョロうろつき回ることが出来たのは、小惑星の引力が小さいからだ。小さな小惑星では早歩きすると人工衛星になってしまうので注意が必要である。
 このように見てくると宇宙巡回船を実現する手段は残されていないのだろうか。

〇考えられる手段

 そこで、私なりに方法を考えて見た。正確な計算やシミュレーションをしたわけではないから実現できるかは保証の限りではない。
 その私が考えた方法とは、スイングバイをするための人工天体を多数、軌道上に投入し、コンステレーションを形成するというものである。
 しかし、スイングバイに使える程に重く、おそらく大きいであろう物体を打ち上げ可能な打ち上げロケットはSFの中の話だろう。

 そもそも軌道投入を出来たとしても、地球の潮汐が滅茶苦茶になって環境保護団体から猛烈な反対を受けそうだ。潮汐力で地球が変形加熱し火山活動や地震が頻発するかもしれない。そうなると安保理からやめろと決議されるレベルだろう。きっとSDGSどころの騒ぎではない。
 それならビリヤードの球ようにぶつけて軌道を変えれば良いかと言えば、地球脱出速度同士で衝突したら、衛星は粉々にスペースデブリとなって、これも世界中から非難を受けるだろう。地球の周回軌道をデブリだらけにするのも前例があるから世界中の非難は必至だ。
 それでは高速で交差する衛星同士の間で運動量の交換をすることはできないものだろうか。

 離れたもの同士に遠隔で伝わる力には4つあることが知られている。しかし、その4つの内の2つは極めて近い距離でしか伝わらない。
 残りの2つについては距離の制約がない。その2つとは重力と電磁力である。
 重力については先にのべた通りで、そんなに重いものを軌道上に上げることは、ほぼ不可能であった。とするなら可能性がありそうなのは電磁力だろう。

 ところが宇宙空間で電磁力が関係するのは荷電粒子ぐらいのもので、それも地磁気を持つ天体の周囲の空間に限られる。
 本来、電磁力は重力に比べ遥かに強い力であるが、正と負の極があり、しかも同一の極同士は反発するので、同極の極だけで大きな塊を作れないのである。狭い空間にボールを押し込むようなものだ。
 例えば大きいものでも、アクチノイド系列の原子核が最大である。大きさは原子より遥かに小さく、これでも一瞬で崩壊してしまう。陽子を結びつける「強い力」を電磁力が上回るからだ。ましてや天体サイズなどはとても無理である。

 もし地球サイズの陽子だけで出来た天体があったら。重力のブラックホールの比ではない。吸い込むことは勿論、周囲の天体を悉く電離してしまうに違いない。
 そのようなわけで、宇宙の何処を当たっても、一電荷だけの天体はない。
 ただし天然に無くとも、人工ならある程度のものを作ることが出来るかもしれない。我々、人類は電磁力を制御し得る技術を持っているからだ。

 とは言え、磁力や静電力を遠くに及ぼすのは難しい。
 難しい理由は、それらの力線は、3次元空間内を伝搬するほど、縦横高さの方向に広がるので、距離の三乗の反比例で減衰してしまうからだ。
 実は簡単に無限の彼方まで飛ばす方法ならある。電磁波だ。電気力線と磁力線は表裏一体で、互いに一方が発生すると、もう一方が小さくなる関係にある。
 電磁波とは、その両者の絡んだ波のことである。

 電磁波は、磁力、静電力、磁力、静電力・・・・と交互に広がるのだが、各々の力線は面状に広がるため、前後、すなわち進行方向には広がらないから、二乗に反比例して減衰するだけである。
 しかし、電磁波の力は弱いのである。飛んで行く粒子、すなわち光子の質量が殆ど0だからだ。
 先に帆走の話をしたが、正にこれがそうなのである。重さのないものをぶつけても、力が生じないのだ。本当に0なら、帆に光を当てても推進力にはならないが、ほんのちょっとあるらしい。

 しかし質量が殆どないので、互いの衛星にサーチライトをつけて、互いに照らしあっても、運動量の交換には殆ど寄与しない。
 したがって電磁波の利用では、軌道の変更には全く力不足となる。
 ここは、どうしても磁力や静電力だけで頑張らなくてはならない。

 単に強力な磁力や静電力だけでは、強力な重力を発生するよりは簡単かもしれない。とは言え、それとても衛星のシステムに実装するのは簡単ではない。
 しかし我々は、遠方まで力線を伸ばす方法を知っている。
 磁力について言えば、磁束を集める働きをする透磁体を繋げばよいのだ。そのようにすると、一本の長い棒磁石になる。

 砂鉄やゼムクリップに磁石を近づけると、砂鉄やゼムクリップが磁力を帯びて、連なるのと同じである。
 どの程度の効果があるか、正直わからないが、例えば、細いワイヤーでも出来ないだろうか。
 そのワイヤーを衛星から小型のロケットや銃を用いて展張して、衛星から電磁石で励磁すれば長い棒磁石ができる。

 そのままでは、磁力で丸まってしまうから慣性力を用いて張力で伸ばしておく。
 この衛星の近傍に、金属板、おそらくアルミで十分だと思うが、これを取り付けた別の衛星を、すれ違わせるのである。磁力線が、アルミ板を横切ると渦流電流が生じ、アルミ板に力を加えることができる。これをアラゴの円盤と呼ぶが、要は誘導モーターの仕組みと同じである。
 リニアモーターもそうだが、一番イメージに近いのは、ゴミ処理場でのアルミ回収だろう。金属屑がベルトコンベアで運ばれ、磁場のなかを潜ると、アルミだけが飛び上がる仕組みだ。ちなみに鉄はそのあと磁石で吸着され、その他の金属屑と分けられることになる。

 要するに、アルミ屑のように衛星を撥ね飛ばすわけである。この際、相対速度が大きいほど大きな力が生じる。
 ただし衛星同士の場合は、すれ違う時間も短いので、どの程度の運動量を与えることが出来るかは、何とも言えない。
 それは、速度が力の時間積分だからである。元々、高速で移動するものを対象としているから、時間を延ばすことは難い。したがって、磁力線をどれだけ伸ばせるかと、衛星間の距離をどれだけ接近させられるかに依るだろう。
 このような仕組みの衛星を多数、軌道上に投入しコンステレーションとしておけば、衛星間でスイングバイを行うことが可能にはならないだろうか。

〇軌道変更の方法

 もし説明したような電磁力を利用したスイングバイで軌道変更を行うならば、予め、様々な軌道の衛星によるコンステレーションを形成しておく必要がある。
 宇宙巡回船の軌道を、更に高い軌道に変位させるのであれば、エネルギーが必要となるので加速しなくてはならないから、宇宙巡回船より優速の衛星を追い越させる必要がある。一般的には低い軌道ほど周回速度は高いが、宇宙巡回船の軌道高度近くまで上がって来ないと宇宙巡回船を牽引できない。そこで牽引する側の衛星を宇宙巡回船と同じ軌道面の離心率の大きい、即ち楕円軌道に投入しておく。この際、投入する軌道は遠地点の高度を大きく取っておくことが必要である。
 牽引する衛星は遠地点では周回速度が落ちるが、近地点に近づくに従って重力により加速し、近地点で速度は最大になって、今度は減速しながら上昇して遠地点に戻ることとなる。

 そこで、宇宙巡回船の軌道と近傍で交差させるのである。元期、即ち軌道上のどの位置にあるかの事であるが、元期を予め調整し、二つの軌道の交点で衝突すれすれで交差するようにして置く。そうすると宇宙巡回船のVバー、即ち自らの軌道の前後側と、Tバー、即ち軌道と交差する鉛直線上の上下側の間の角度で、宇宙巡回船の後方上側から牽引する衛星が近傍を追い抜くことになる。
 宇宙巡回船は、追い抜かれる直前に、牽引する衛星の軌道に向けて透磁体のワイヤーを発射するとともに、電磁石に電流を流してワイヤーに沿った磁力線を形成する。形成された磁力線を、牽引する衛星のアルミ板が横切り、アルミ板内に渦電流が起きれば牽引する磁力が生じて宇宙巡回船の軌道は牽引する衛星の方に引かれる。一時的に宇宙巡回船の軌道が下向きになるものの、周速度が加速されるため、宇宙巡回船は高い軌道へ放り上げられる。逆に牽引した衛星は速度を奪われ軌道高度が下がることとなる。
 宇宙巡回船の高度を下げる場合には、逆向きの軌道ですれ違えば良いだけである。

 昇交(降)点赤経を変更するには、高度を下げる場合と近いが、南(北)極点上空で異なる昇交(降)点赤経の衛星と交差させれば運動量の交換が可能だ。軌道傾斜角を変更させるためには、それを赤道付近で交差させれば良い。交差する角度差についてはベクトル計算すれば良いと思われるが、牽引力次第だろう。
 いずれの変更の場合でも高速で移動する衛星を、近距離ですれ違わせることになり、衛星自体は小さな点に過ぎないので精密なタイミングが必要になる。その相対速度は反対向きの衛星同士なら秒速16㎞に近い。そのタイミングで、磁力線を伸ばすワイヤーも延ばさなくてはならない。 
 以上のような軌道制御が必要なため、結局のところ、ここで提案した方法によってもスラスターによる軌道制御が必要になる。したがって、スラスターによる軌道制御は無くなることはない。しかし、大きな軌道制御にスラスターを使う必要性が減って、燃料消費量を大幅に減らすことができるだろう。

 更に、長期的な軌道変更にはイオンロケットのスラスターや帆走も併用すれば衛星の長寿命化に寄与するだろう。
 そもそも宇宙巡回船の構想には、衛星に燃料を補給するという目的を含んでいた。そうであるなら、衛星同士で、バディ補給も組み合わせれば良い。
 つまりは、これらの手段を適切に組み合わせることが現実的な衛星運用になると思われる。

 現在のようにすべての軌道制御をスラスターだけで行うことは、運用コストから考えると、非現実的な話になるだろう。宇宙巡回船を計画するに当たり考えてみる価値はあると思う。
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