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日清戦争における黄海海戦や豊島沖海戦では、相互に敵の艦隊を捉えるための機動が行われた。これらの海戦では、主砲は砲塔の旋回速度や発射速度の能力から、あまり戦力にならず、副砲以下の砲が戦闘で奮戦している。
これ以前の海戦では、近距離で副砲などが撃ち合い、艦が激しく旋回する運動戦が多かったと言える。運動戦による戦術はもっと砲の能力が小さかった時代からあったものであるが、帆走時代には敵艦隊の捕捉以上に、風の利用と敵への風を遮ることが戦術の課題となっていたので、機走時代以降とは性質が異なるものだ。
実は古代から波の静かな地中海などでは魯櫂船の使用が可能だったため、風を考えに入れる必要はなかったのであるが、波の荒い大洋においては、魯櫂を突き出すための開口部を低舷位置に開けることが耐波性に問題を生じ、魯櫂船の使用は不可能であった。魯櫂船の海戦の時代は砲の出現以前で接舷切り込みと衝角攻撃が主な戦術であるので、これも性質が異なる。
敵艦隊を運動戦で追い詰める海戦は、蒸気機関を持つ艦艇が出現した19世紀半ばから20世紀までの特徴といってよいだろう。この時代において砲の威力が強力になっては居たが、主砲はすでに述べた通り実用上使い難いものであった。砲塔の旋回が遅く、発射速度が低いことはすでに述べたが、砲身を側方に向けると艦が傾くとか、発射の反動で艦の行く足が止まるということも起きていた。こういうことは現代でもあり得る。はやぶさ級ミサイル艇に76㎜砲を搭載することが政治判断による鶴の一声で決まった。しかし艇の強度や安定性から、発射の反動を受け止めることができず、結局、命中しない大砲になってしまった例がある。
そのような問題から現実的に副砲以下の小口径砲で戦わざるを得なかったのが現実であり、必然的に、敵味方相互の交戦距離は近くなった。
また、交戦距離が近くなった理由には、小口径砲では相手に致命傷を与えるのは難しいことから一撃で沈める手段として、実用性の低い主砲よりも衝角攻撃が重視されたのも特徴である。普墺戦争におけるリッサ沖海戦で衝角攻撃による戦闘が行われたことが注目され、黄海海戦でも失敗はしたが清国海軍が試みている。だが、衝角攻撃も、相互に動き回る艦艇が、敵艦の最適な位置に衝突するのは難しかったろう。結局、大砲の威力が上がり接近が危険になったことや、平時の衝突事故の際に被害が大きくなることから20世紀に入り急速に廃れた。
我が国では、この艦の運動性が重視された時代にいくつかの海戦を経験している。先に述べた日清戦争の黄海海戦や豊島沖海戦の他、戊辰戦争における阿波沖海戦、寺泊沖海戦、宮古湾海戦、函館海戦がある。日露戦争の日本海海戦も先祖戻り的に加えてもよいだろう。
日本海海戦より後の海戦では、命中精度を上げるためには、激しい運動を避けた方がよいということになるが、この時代の海戦では、むしろ敵を副砲以下の火力圏内に捉えなければ戦闘にならないので、艦隊の陣形や運動は攻撃そのものであったのである。
今まで述べて来たとおり、既にドレットノート級以降の戦艦において、その嚆矢はあったが、もはや大砲の射程距離を大きく凌ぐ対艦ミサイルや、空母搭載の艦載機が水上艦に対する攻撃手段となった現代、水上艦艇は、射程距離内まで攻撃兵器を運ぶだけの運搬船に過ぎなくなった。海軍の艦艇においては、小型艇ですら、ミサイルが主兵装となって海戦の例外ではなくなり、艦隊同士が追いつ追われつで戦闘することはグレーゾーン事態でしかあり得なくなったと言える。
しかし、海保のようなコーストガードの船艇の話となると、小口径砲が主兵装であり、もし直接、交戦が生じれば19世紀のような海戦が生起することになると考えられるのである。
〇対応策
コーストガードの任務は治安維持や犯罪に対する司法手続きである。決して相手を殲滅することではないし、一方的に撃沈してしまえば、その合法性を逆に問われることになる。基本的には公船同士であれば、自衛行動の範囲で交戦する必要があろう。
とは言っても、領域を主張する国家同士の公船では、引き下がれば領有を主張できなくなる。そうなると国家同士の争いであれば軍事紛争となり、軍が前面に立つことになり、それではエスカレーション・ラダーを上げたことになるから、軍に後を任せて逃げるわけにも行かない。
76㎜速射砲などは、船体の喫水付近に命中すれば相手が沈没する可能性もあるから使用するのは難しい。もし最初から沈没させることが目的なら中共も海警局を前面に出してくる必要はなく、初めから中共海軍が対処するからだ。したがって沈没に至りにくい小口径の砲が主として使われるだろう。しかも致命的な損傷は正当防衛的なものに限定され、狙う場所を限定しなければならないならば、より近距離での射撃になってくる。
口径の大きな砲は主に相手の前進を止めるための警告や阻止に使われる筈だ。あるいは司法的に拿捕、逮捕を狙う場合に逃走を止めるために使われるだろう。 一方的に撃破されてしまうことも、領域を主張できなくなるから避けなければならない。相手の火器の有効射程内に長くとどまるのは危険だから、双方の火力圏を出入りしつつ、相手の行く足を妨害する運動を行うことになる。
双方のコーストガード当局とも求めるところは、一つは行政警察権による相手の排除であり、続いて司法警察権として停船させ自らの国の法律に基づき拿捕、逮捕につなげることである。互いに公船であることを主張しているから、本来、主権免除により法執行には服さないところであるが、相手が攻撃してきたのであれば相互主義で拿捕するのが当然であろう。
いずれにせよ双方とも、相手の行動を拒否するだろう。拒否の仕合いとなれば長時間、接触を維持しながら、断続的な交戦をすることになると思われる。本格的な戦争状態への準備が出来ていないのであればエスカレーションは互いに得策ではないから、時間稼ぎのため海保や海警は損害を耐えながらの戦闘が必要になる。