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海自は八重山軽視? A2AD VS ASB 陸自ASMに期待  長距離輸送と港湾護衛 三井造船らの自律型海上輸送システム

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〇島嶼配備の困難性

 しかし、島嶼部へ部隊を配備することには様々な困難が伴う。八重山諸島に駐屯地が造成されつつあるが、駐屯する部隊は自衛戦闘を行う能力はあるにせよ、普通科や機甲科のように積極的に敵に対峙し制圧、捕捉、殲滅できる近接戦闘部隊ではない。
 これらの戦闘部隊を常時、駐屯させるならば、訓練のための演習場や射撃場が必要となるが、地積のわずかな島嶼では確保が難しい。沖縄本島に那覇演習場があるものの大部隊が演習できるような広さは無く、射撃場も榴弾砲はおろか、小火器用の射場も小規模のものが勝連にあるのみで、400m射場がないため検定射撃は困難なのでわざわざ九州の日出生台などまで行かなければならないのだそうである。
 南西諸島方面の陸上自衛隊は、近年、混成団から旅団に格上げされたものの、編制に野戦特科や機甲科部隊を欠いているのも、訓練環境がないからである。
 先に海上自衛隊のことは挙げたが、航空自衛隊も混成団から航空方面隊に格上げになったものの、様々な面で機能を維持するのに困難な面が多い。
 著者は、かつて防衛庁(当時)の契約本部に居たことがある。当時、大規模な組織の改編があり、所属中に装備本部となり、年月を経ずに防衛省への改編とともに地方防衛局の所属となった。
 地方防衛局は、それまであった防衛施設庁を防衛庁に合併させ、それを装備施設本部とするとともに、それまで各地にあった地方防衛施設局に、装備本部の隷下であった各地の地方組織を装備施設本部と切り離し、合併させたのだった。
 装備本部の時代までは、関東、中京、近畿にまとまった区割りとなっていたが、地方防衛局の装備部となってからは、それまでの地方防衛施設局の区割りを踏襲し日本全国均等な区域割となった。
 土建企業というのは、地面があれば都市であろうと僻地であろうと、規模は異なっても存在しているものだ。ところが装備品、殊に戦闘車両や艦艇、軍用機などを製造する企業は、関東、中京、近畿に集中していて、その他の地方には割合大きな都市があるところであっても出張所ぐらいしかないものなのである。
 私が所属したのは、北関東防衛局と南関東防衛局であったが、同じような防衛局でも北海道や沖縄には、所管する防衛装備品を製造する企業はないので、各防衛局の装備部門のバランスは大きく異なるものとなったのである。
 南西諸島には県庁所在地でもある那覇市があり、周辺の浦添市や豊見城市などを合わせると結構大きな都市圏となるのではあるが、沖縄本島内でも南部に偏重しており、まして他の島々には大きな都市はない。南西諸島には本州にも比肩する長さを持つところに、島々が点々とするばかりで、殆どは広大な海洋が広がっている。
 都市化している沖縄本島に所在する陸海空の自衛隊部隊ですら、本土の部隊と比べネックを抱えている。自衛隊は、他国や旧軍の様に工廠を持たないから、高段階の整備などは製造会社の支援を受けなければ行うことができない。
 航空自衛隊の高射部隊が弾道弾対処のため沖縄の離島に展開したことがあったが、この時も会社員を派遣してもらっている。もちろんホテル代込みで、労基法に準拠するために交代の人員の分も含めてである。猶更、大型の装備品の定期修理などは現地ではできないから整備計画に基づいて、本土の工場に持ち込むことになる。これらの大型装備品は貨物船をチャーターしなければ運ぶことができない。
 米軍は第3海兵遠征軍を始め、大規模な部隊を沖縄に置いているが、配置することが可能なのは、那覇軍港や運天港、ホワイトビーチなどの港を持ち大規模な牧湊補給施設を持っているからである。もちろん米軍に全地球規模で兵站を維持する能力があってこそ、在沖縄の部隊も維持できるのである。とても自衛隊にマネできるようなレベルのものではない。
 このような地理的制約から、大規模な戦闘部隊を八重山などに配置することは無理があることなのである。

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