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自衛隊調達巡り(181)奇妙な組合せ 第4補給処管理下の在小牧南工場内雑金属屑一式(33.7t)売払い

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入札日:令和3年11月9日
航空自衛隊中部航空警戒管制団
第4補給処管理下の在小牧南工場内雑金属屑一式(33.7t)売払い
https://www.mod.go.jp/asdf/iruma/bosyu/raising/X-15n.pdf

 謎の多い調達である。仕様書の適用範囲には「第4補給処にて管理している雑金属屑の売払いについて規定する。」と記載されているのであるが、引渡場所は三菱重工業株式会社 名古屋航空宇宙システム製作所 小牧南工場施設内となっている。
 このように、調達機関の場所と実際の引き渡し場所が異なる場合というのはあり得る。製造工場の場合であれば、専用治工具を用途廃止にする場合などだ。
 装備品の調達の場合、完成したものを売買契約で買うよりも、請負契約を行う場合が多い。この場合、官側で別に調達したものを官給品として製造工場に納入させる場合もあるし、図面などの貸付品を製造工場に貸し付ける場合もある。

 また、新造品だけではなく、オーバーホールや、不具合処置のために装備品などを寄託するような契約も多い。
 新造品の場合も注文生産のものが多いから、官側が関わることが多く、請負契約の方が製造工程を管理できるためである。
 製造ラインも、防衛省のための専用のものになるから、会社が自ら費用を負担すると他への応用が利かず全面的に負担になってしまう。

 したがって防衛装備品の製造ラインで使用する専用治工具などは官側が貸し付ける場合が多い。
 製造する装備品が用途廃止になれば、新造は元よりオーバーホールの契約もなくなるため、官側へ返却することになる。
 しかし、それを官側に引き上げても官として使用用途もないし、とは言っても何時までもそのままでは保管費用も掛かる。引き取るにも運搬費用が発生するから、現地で分解して屑鉄として売却するのが普通である。したがって、これ自体は、日常的ではないにしても不思議な話ではない。

 問題は、補給処と工場の組み合わせである。もしこれが名古屋航空宇宙システム製作所ではなく、名古屋誘導推進システム製作所であるなら分からなくもない。
 なぜなら第4補給処(入間基地)の担任物品の一つがミサイルだからだ。しかし、名古屋航空宇宙システム製作所が製造しているのは航空機である。航空機であれば第2補給処(岐阜基地)の筈だ。ちなみに岐阜基地という名称ではあるが、所在地は各務原市であるから、名古屋航空宇宙システム製作所までは、ちょっと御遣いぐらいの距離である。自動車なら1時間も掛からない。かつて零戦を牛車で運んだと言う道だ。
 まあ、その距離でも、基地まで運ばないとは思うが、入間基地となれば1日仕事になってしまう。

 しかもであるが、第4補給処の担任となる装備品で近年、用途廃止になったものが思いつかない。航空自衛隊の地対空ミサイルは平成一桁以来、ずっとペトリオットシステムである。
 名古屋航空宇宙システム製作所の絡みで近年用途廃止になったものと言えばF-4EJファントムⅡ戦闘機である。もちろん担任は第2補給処だ。その前だと、F-1支援戦闘機だが十年以上前の話になる。
 このほど対象となる雑金属屑については下の画像のとおりだ。
https://www.mod.go.jp/asdf/iruma/bosyu/raising/X-15n-sankou.pdf

雑金属屑

 まず目につくのは角柱状の鋼材である。どう見ても構造材である。ボックス状だから捻じれ応力にも耐えるだろうし、そもそも太さもありそうである。短く切断されているが、これだけの量だから、結構な大きさの構造物だったと考えれられる。端部には筋交い状や板状のものもある。かなりがっしりした構造物だったと見られる。 これを見るだけで、どうも治工具という感じではない。
 枠状というか板状のものが積み重ねてもある。足場だったのだろうか。小物の中ではボルトナットが多い。ネジを切っていない部分が長く、おそらく厚みのあるものを締結するとか、剪断力も担わされる部分に使われるのだろう。見ると木ネジのようなものも見られる。鎖もあるが、つなぎ合わせる金具のようなものもある。別のカットには金属製の丸ハンドルもある。どうやら鋳鉄製に見える。治工具らしいものと言えば、このハンドルぐらいだろう。パイプ類もあるが、どちらかと言えば、掃除機の吸引パイプのような、蛇腹的なものだ。全般的に言えば、小物は少量で、ほとんどが建築資材のようなものだろう。
 この画像を見ても、これが何かがさっぱり分からない。ただ、かなりの重量に耐え、大きなものだから、これを用いて製造されるものも大きかった筈である。第4補給処の担任するものであれば、そんなに大きなものは多くないし、逆に大きなものは車両やレーダーのアンテナ類だが、名古屋航空宇宙システム製作所で製造しているものではない。

 やはり、足場を用いて製造するようなものは航空機だろうと思う。それなりに大きく、精度も求められ、さらに製造品そのものに登り上がって作業できるところが限定されるからだ。
 大きくても造船のように全体が頑丈なら、人や資材が船に乗れば良いことで、船全体を囲むような足場を必要としないし、また船渠自体がその役割を果たす。戦闘車両を製造する工場でも、やはりそのようなものは目にしなかった。むしろ車両自体を回転する台の上で作業し易い位置に保持して作業を行っている。
 私も様々な工場を見学した。確か名古屋航空宇宙システム製作所も見学したか記憶が不明瞭ではあるが、行ったような記憶がある。ただ名古屋誘導推進システム製作所の方があくまで私の特技職上メインであり、三菱重工としてひっくるめての研修で意識にあまりないのである。ただ名航というキーワードだけが脳裏に残っている。

 航空機の組み立て工場のイメージは私も持っていて、流れ生産というよりは1機毎のバッチ生産である。フレームに外板をリベット打ちで取り付けたり、配線のハーネスを這わしたりという作業をしていたと思う。
 第4補給処が担任するもので、このような作業をするものは、あったとしてもハーネスの引き回しぐらいであろう。名古屋誘導推進システム製作所が下請け的に名古屋航空宇宙システム製作所に製造を依頼するものもなさそうな気がする。そもそも、そのようなものなら、こんなに大げさな構造物も必要ない。
 名古屋誘導推進システム製作所は、1972年(昭和47年)、名古屋航空機製作所の小牧北工場として操業を開始し、1989年(平成元年)に独立して名古屋誘導推進システム製作所となった歴史がある。当時、第4補給処はその前身の高射支援隊から第4補給処になったばかりの頃であり、当時の高射部隊の装備品はナイキ・システムだった。1989年(平成元年)といえば当時の次期地対空ミサイルがペトリオットに決定し、初期号機のノックダウンが始まるかどうかぐらいだろう。

 その当時のものが残っていた可能性もなくはない。確かに映像を見ると錆が浮いて古そうにも見える。最近まで使用していたものなら、もっと塗膜も健全でつやがあると思う。仮に第2補給処担任のものとしてF-4EJ用だとしても、今年初めまで飛行していたのだから、この錆び方はあり得ない。
 ただ、ナイキミサイルの時代にも、それほど大きな構成品を製造することはなかったと思う。発射機などの大型構成品は米軍からのMAP品(無償供与)だったからだ。ペトリオットミサイルの場合、レーダー装置などの大柄の構成品を製造していたのは、大船の三菱電機だったと思う。
 パトリオットミサイルに採用が決定する前、昭和58、59年当時、その対抗候補としてナイキフェニックスの構想があった。フェニックス空対空ミサイルをライセンス国産し、これをナイキシステムに適用して地対空ミサイルとする構想だった。

 片や米軍が実戦配備する段階に至っていたパトリオットに、まだ構想段階のものを対抗馬というのは如何にも当て馬としか思えないが、その開発の為のものだろうか。とは言えまだ構想だから官が費用を負担するとも思えない。それも可能性は低いと思える。いろいろ考えたが、手掛かりがない。
 ナイキ時代の、工場の建屋の廃材だろうか。であれば、何故今頃ということにもなる。
 下のような論文を見つけた。
「政府(外資審議会)は、1968年 3月21日,三菱重工業,三菱電機から申請のあった,三菱重工業と米マクドネル・ダグラス社とのナイキ・ハーキュリーズ・ミサイル設計製造に関する技術提携契約」172頁
 「三菱重工業は名古屋製作所の基礎研究部門をナイキに集中して生産体制を整備,本体の組立ては名古屋航空機製作所でおこない」173頁

Title 戦後日本における兵器生産とその特徴について
https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/133596/1/eca1153_280.pdf

 必要となる工場建屋建築などは国が負担したのかもしれない。もちろん確証もないから、どうだったかは分からない。
 もし、そうだったとしても昭和40年代の事だから、当時の事情を知る者は居ない。記録上、防衛省の持ち物となっていたものを今回処分するというだけのことなのだろう。担当者も来歴を知らないのだろう。
 数量は、33.7tだそうだ。仕様書の第4項には「本来の機能を回復しての再使用、転用、転売を禁じる。」とある。一体誰が、本来の機能を知っているのだろうか。仮に知っている者がいたとして、この錆びた鋼材の山を回復できるだろうか。

 仮定の仮定だが、もしナイキ製造の建屋だったとするとどの程度の規模だったのだろうか。
 廃材の量は33.7tであるが、述べた通り鋼材以外のものも含まれている。また鋼材でも、構造材というよりも、足場の床材みたいなものも含まれているので、根拠はないが8掛けで27tと推定する。
 これに下のデータの表1 階層別集計結果表の鉄骨数量のS造の低層の値(t/延床㎡)の欄の0.091を使って計算すると、298.90㎡となる。もし正方形の建屋なら17.288m四方である。

く体工事の主要資材量に関する調査結果
http://www.tekkinsekisan.com/soft/sekisanhiritu1.pdf

地理院地図の1961年~1969年と1974年~1978年及び最新のものを見比べてみた。
https://maps.gsi.go.jp/#17/35.255931/136.916969/&base=ort&ls=ort%7Cort_old10%7Cgazo1&blend=00&disp=111&lcd=gazo1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m
 1974年までに建築され現存しない建物が確かに空港寄りにある。ただ規模は面積で4倍にはなろう。もちろんこれは推測に過ぎないし、数値も推計だから、まあ本当のところは分からない。工場などというものは一般的に平屋で支えているものが少ないからこんなものかもしれない。
 しかし、上あったように「本体の組立ては名古屋航空機製作所でおこない」という記載もある。また、小牧にあるということは、組立後に燃料を充填する日本油化の武豊工場が割合近傍の知多半島あり、製造上も有利であるということからも可能性を否定することも出来ないと思う。案外、真実なのかもしれない。
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(資料番号:14.2.28-1)「『北朝鮮が人工衛星と称する事実上のミサイル発射』事案における第4高射群の南西域への機動展開について」『そうび』(空自補給本部)第175号(2013年8月19日)掲載

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